簡単な作業をAIがやってくれるようになると、人間「たち」は高度な仕事に集中できるようになるけど、
そんな人間「たち」のなかで、「自分という人間」が埋もれないように、と思うと、みんなが高度な仕事に向かっていく中で、「同じように」高度な仕事「だけ」を追いかけていいのだろうか。
高度な仕事は、もちろんAIを活用することになるわけで、そんな人間「たち」は皆、「AIに支援された高度な仕事」に寄っていくことになる。
そんな中で差別化できるだろうか。
もっと言えば、「仕事の内容(高度さ)」で差別化できるだろうか。
結局仕事って、人間と人間がやりとりするもので、自分が仕事をするなら、多くの人間「たち」の中から、自分を仕事相手や取引相手に選んでもらう必要がある。どうしたらいいのだろうか。
もし、差別化するために、高度な仕事「だけ」では不足なのだとしたら、
と考えると、むしろ、「仕事をこの人はどういうやり方でやるのだろう」「どういう考え方でやっているんだろう」さらに言えば、「どんな人生観で仕事をしているんだろう」みたいなところが、「その人らしさ」をみせるようになる気がする。
その結果、「この人は一生懸命やってくれるひとだ」とか「誠実にやってくれるひとだ」とか「楽しそうにやってくれるひとだ」とか、仕事の内容よりもいわば、そんな人間的な部分が大切になってくるはず。
逆に言えば、手を抜くひとだ、適当にやるひとだ、約束を守らないひとだ、なんて思われるひととは仕事したくない、となるはずで。
だって、どんな仕事の内容でもAIに聞いたらだいたい同じくらいのレベルでやってくれるだろうから、
最後はその人の、仕事の成果の「届け方」が大切になる。
だから、結局、「仕事のやり方」や「仕事への向き合い方」が、自分らしさを決めることになる気がする。
どうだろう。
